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 2014年 6月2日
☆★☆6/2号☆★☆

★神人霊媒日記★

岩手県奥州市「磐神社」にて荒覇吐神(アラハバキ)を祀る巨石と神人との対話の続きです。

磐神:(神人口上にて)「苦しむことはない。私(わし)はここに居続けているだけ。
人が勝手に祀り、勝手に思う。私はここに居続けるだけだ。
人の意識が、全て産み、壊し、喜び、苦しみ、変わっているだけ。
私は私でしかない。この地で、この地に起こりうる一切を記憶してゆくだけ。
必要なことは全て変化として刻まれるだけ。
私と語り合う目的の者たちも居ろうが、私は記憶を伝えるだけ。
この地に居る目的は何だ?
神人:(テレパシーにて)判らない。
磐神:目的が明らかではない。ならば、この地で何を望んでいるかを考えてみよ。
楽しければ良いか?どのような歴史が在ったかを知れればいいか?
神人:はい。
磐神:ならば先ほど申した。人の移り変わり。苦しみの移り変わりだ。
神人:これからのことに対しては?
磐神:これからの世に対してか?私はここに居続けるだけ。変化を刻まれるだけ。
お前は人として何をしたい?
神人:よく判らない。
磐神:お前は私と話が出来る。何を望む?
神人:何も望まない…。
磐神:何も望まぬか?ならば今、この時を楽しめばいい。私と関わっている今が喜びであるか?
神人:はい。
磐神:ならばそれで良い。苦しむことを止めろ。
お前の中にある苦しみはお前が望んだに過ぎぬ。望む故に苦しむのだ。
望まなければ苦しまん。手放すことでもない。望まなければ良いのだ。
私がここに居続けるように、お前はこの生を只居続ければ良い。
その変化を只感じれば良い。望めば苦しみも訪れる。
喜びというものは、変化を観ることだ。望めば喜びと苦しみ共に訪れよう。
変化を見続けるということを喜びに出来るならば、穏やかに過ごせるぞ。
己の欲は何だ?己の望みを刻みたいのか?残したいのか?それが苦しみの元であろう。
人としてあるならば、人としてある今をその変化を楽しみむだけで良かろう。
望めば苦しむのだ。苦しみたくなければ、望まぬことだ。人々は望み過ぎる故に苦しむ。
進化とは、そういうことではない。望むことが進化ではない。必要に応じて与えられてゆくものを得てゆくだけ。
己だけで生きているのではない。その時代その時代に応じた必要なものはちゃんと与えられる。
与えられるものを喜び生きれば良いのだ。それ以外の物を望む故に苦しむ。
であろう?

みなうれしうれしうれしたのしたのしたのしかわるかわるかわる。






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